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沿革の概要

寛政4年(1792)5月
長府藩毛利匡芳、長府侍町に藩校敬業館を設立
元治元年(1864)3月
藩士熊野直介が中心となり、集堂場を設立し、広く弟子の教育にあたる
慶応1年(1864)2月
集童場敬業館を吸収合併
明治5年(1872)2月
旧豊浦県の敬業館を小学と改称
明治8年(1875)
私立豊浦学舎を長府侍町元御客屋敷に創設
明治12年(1879)10月
豊浦藩士族を中心にして[私立豊浦学舎ヲ公立中学校ト為ス条約書]を締結
明治13年(1880)6月
豊浦学舎を県立豊浦中学校と改める
明治17年(1884)2月
山口中学校豊浦分校と改称(翌年、長府侍町に新校舎を竣工)
明治20年(1887)12月
豊浦学校と改称(翌21年にかけて、山口外4学校の諸規定を整備)
明治23年(1890)4月
県費補助全廃にともない防長教育会の所管となり、私立豊浦学校と改称
明治30年(1897)9月
山口県尋常中学校豊浦分校となる
明治31年(1898)9月
長府町宮崎の現在地に新校舎が完成
明治32年(1899)9月
山口県豊浦中学校として独立発足し五年制となる(文部省告示109号)
明治33年(1900)4月
交友会発足
5月
第1回修学旅行(九州方面6日間)
10月
第1回運動会
明治34年(1901)5月
山口県立豊浦中学校と改称
明治36年(1903)10月
校旗制定され、校旗式を挙行
大正 3年(1914)2月
第1回マラソン大会開催
大正10年(1921)3月
乃木将軍の無名碑完成
大正12年(1923)4月
町名を校名と一致させるため、山口県立長府中学校と改められる
5月
同窓会発足
昭和 3年(1928)5月
朝鮮旅行(釜山・京城・平壌)実施
6月
後援会発足
10月
校歌(作詞高野辰之、作曲信時潔)を発表
昭和 4年(1929)5月
最初の満鮮旅行実施
昭和 5年(1930)10月
図書館完成
昭和 6年(1931)7月
山口県立豊浦中学校に校名が復旧する
昭和 7年(1932)4月
校訓三綱を発表(至誠一貫、進取向上、自治協同)
昭和 9年(1934)4月
「豊中タイムス」第一号発行
昭和13年(1938)7月
「豊中タイムス」を「豊中月報」と改題
昭和19年(1944)5月
「豊中月報」廃刊
昭和21年(1946)12月
生徒自治会を開催
昭和22年(1947)11月
戦後初の修学旅行(宮島)
12月
「豊中新聞関見台」第一号発行
昭和23年(1948)4月
六・三・三制の新教育制度により山口県立豊浦高等学校となる
9月
映画同好会結成、文芸部「とよら文学」創刊
昭和24年(1949)4月
長府女子高等学校と統合し、山口県立下関東高等学校と改称
9月
学校新聞「下関東高新聞」と改題
9月
映画同好会「L’ECRANCE」創刊
昭和25年(1950)12月
第2回高校新聞コンクールに優勝
昭和26年(1951)4月
定時制王喜、東部分校を厚狭高、下関西高から本校に移管
昭和28年(1953)3月
定時制東部分校を廃止
8月
硬式野球部、西中国大会に優勝、甲子園大会に出場
昭和29年(1954)4月
下関東高等学校を解消、長府高等学校と分離し、山口県立豊浦高等学校と改称
9月
プール起工式挙行
昭和31年(1956)6月
プール完成
昭和42年(1967)3月
王喜分校を廃止し、本校のみの学校となる
昭和62年(1987)3月
特別教室棟、昇降場、便所を新築
平成元年(1989)9月
90周年記念事業としてロータリーの整備及び校訓三綱碑建立
平成 6年(1994)4月
グラウンドの工事完成
平成 7年(1995)9月
特別教室棟(理科・家庭科)新築
平成 8年(1996)3月
グラウンド防球ネット設置工事完成
平成 9年(1997)3月
硬式野球部、選抜高校野球大会出場
平成10年(1998)3月
プール改修工事完成
平成11年(1999)10月
創立100周年記念事業(記念式典・記念講演会・記念演奏会・記念資料展他) 平成13年(2001)3月  プール更衣室新築
平成15年(2003)4月
女子生徒53名が入学し、”男女共学”となる
平成15年(2003)12月
屋外便所および部室新築
平成17年(2005)3月
管理棟・普通教室棟・図書室・体操練習場新築完成、旧図書館を改装して資料館とする
平成19年(2007)4月
教育課程(単位制)導入
平成20年(2008)11月
体育館耐震工事 翌年3月工事終了
平成21年(2009)10月
創立110周年記念式典・記念講演会

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